東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)50号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
二 取消事由についての判断
1 前記本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(実用新案登録願添付の明細書及び図面)、同号証の三(昭和五七年三月八日付手続補正書による全文訂正明細書・本願明細書)を総合すると、本願考案は、布、紙などを型に合わせて裁ち切る装置に係る考案であるが、本願明細書添付の第3、4図にみられるような構成の「従来の裁断装置」においては、前腕部材が後腕部材の軸線の延長線の片側に約一八〇度の角度範囲内でしか回動し得ないものであつたから、設置スペース、作業性及び裁断精度上に問題点があつた。すなわち、従来の裁断装置においては、前後腕部材5、11を、例えば第3図に実線で示す位置において二つ折りにしたときには、同図において仮想線で示すように折曲部がテーブル1の外側に張り出し少なくともこの張り出し分だけ広い作業スペースを必要とし、スペースの有効利用に妨げになり、また、第3図に実線で示す位置から裁断機12を右上へ移動する場合には、左上の方向へ移動する場合に比較して、前後両腕部材が滑らかに折り曲らない(二頁一八行ないし三頁七行)という欠点があつたので、裁断作業がスムーズに継続できず(裁断作業性の低下)、このような状態で無理に裁断作業を行うときには裁断後に得られる布が型通りでなくなるなど裁断精度が劣るという問題点があつたこと、本願考案は、従来の裁断装置における右の問題点を解消することを目的として、「後腕部材5の先端および前腕部材11の後端が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能に上下に重ね合されている」構成(改良点)を採用したものであり、この点に本願考案の特徴点があることが認められる。
2 右の従来の裁断装置が、本出願前に日本国内において公然知られていたこと、従来の裁断装置には「後腕部材5の先端および前腕部材11の後端が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能に上下に重ね合されている」構成(改良点)がないことが従来の裁断装置と本願考案との唯一の相違点であることは、当事者間に争いがないところ、原告は、右の相違点について、審決が周知技術を裁断装置の前後腕部材に応用することによつて当業者が必要に応じて極めて容易に想到し得る程度のことと判断した点の誤りを主張するので、これについて検討する。
(一) 成立に争いのない甲第四号証の一(実公昭四六―一八八二三号公報)、同号証の二(実公昭四六―一八八二四号公報)及び同号証の三(実開昭五〇―六六七五〇号公報)によれば、右公報は、前後両腕部材が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能なように、両腕部材を上下に重ね合わせる技術が周知であると認められることの根拠として例示したもので、いずれも製図機械の分野に属する自在平行定規に関するものであるが、甲第四号証の一、二の各第1図や第四号証の三の第2図に明示されているように、これらの公報には、後腕部材に相当するアームの先端に前腕部材に相当するアームの後端が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能なように両アームを上下に重ね合わせる技術が記載されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第三号証(昭和三二年一二月一五日日本機械学会発行機械工学講座「機構学」三版八三頁)、乙第四号証(昭和三七年九月五日太陽閣発行「機械器具設計便覧一六版三〇三頁)及び乙第六号証(前掲「機械器具設計便覧」六版二四三頁ないし二四四頁)によれば、機械及び器具における一般的な連結部の機構としては種々のものがあり、その一機構として、連結される二部材を上下に重ね合わせて両部材が相対的に約三六〇度の角度範囲内で回動できるようにする機構は、従来から普通に知られていることであつて、各種の機械機器の分野において広く用いられる一般的な技術事項となつていることが認められる。したがつて、審決が両部材を上下に重ね合わせる技術が本出願前に周知であつたことの根拠として例示した前掲甲第四号証の一ないし三が、原告指摘のように同一出願人の出願に係る製図機械の分野に属する考案に関するものであるとしても、審決は極めて一般的で汎用性のある技術事項であるところの右の機構が、製図機械に用いられていることを示すべくこれらの公報を例示したものと理解される。そして、本願考案の裁断装置における後腕部材と前腕部材のように、連結される二部材を上下に重ね合わせて両部材が相対的に約三六〇度の角度範囲内で回動できるようにする機構が各種の機械機器の分野において広く用いられる一般的な技術事項となつていることが認められることは、右認定説示したとおりであるし、成立に争いのない乙第五号証(昭和四九年八月一〇日公告の「自動裁断機、自動製図機等に於ける布、画紙等の保持制御装置」に係る特許公報)によれば、製図機械と裁断装置とは近接した技術分野にあるものと認めることができるのである。したがつて、裁断装置の分野において右の機構が周知でなかつたこと、本願考案の裁断装置と製図機械との間に技術的交流のないこと及び製図機械やヒンジとの構成の違いなどを主張して、この点の審決の認定の誤りをいう原告の主張は理由がない(前掲甲第四号証の一ないし三にみられる製図機械において前後両腕部材がその連結部の機構上三六〇度の角度範囲で回動し得ることが自明である以上、製図機械の両腕部材が一八〇度の角度範囲内で用いられるという使用態様は右の判断を左右するものではない。)。
(二) 前掲甲第二号証の一(実用新案登録願添付の明細書及び図面)、同号証の三(昭和五七年三月八日付手続補正書による全文訂正明細書・本願明細書)によれば、第3、4図にみられるような従来の裁断装置において前腕部材が後腕部材の軸線上片側約一八〇度の角度範囲内で回動し得るだけであつたのは、要するに、連結部の機構に起因すること、つまり前腕部材の後腕部材に対する相対的な回動が後腕部材の先端側部により妨げられるからであることは明らかであり、また、本願考案が改良の対象としている第3、4図にみられるような「従来の裁断装置」が本出願前に公然知られた装置であることは当事者間に争いがないのであるから、これに接する当業者としては、その連結部の機構に照らして、前腕部材が後腕部材の軸線の延長線の片側約一八〇度の角度範囲内でしか回動し得ないことによる設置スペース、作業性及び裁断精度上の問題点を容易に認識できたものというべきであり、したがつて、本願考案における技術的課題は、第3、4図にみられるような従来の裁断装置における連結部の機構から容易に予測され得る事項であつて、格別のものと認めることはできない。翻つて、本出願前における回動腕式裁断装置の連結部の機構を検討してみるに、成立に争いのない乙第一号証(昭和五二年三月一六日出願に係る実用新案登録願)及び乙第二号証(西独国特許公開明細書第二七〇三〇六六号証)によれば、長手方向に移動する支持台に回転自在に装着された腕部材に裁断具を取り付けた回動腕式裁断装置において、それらの第6図にみられるように、両腕部材を連結する枢軸は後腕部材の中心線より左側に偏寄して配設された構成とすることによつて、前腕部材を後腕部材の中心線に対して右方向に回動させたときには、前腕部材の側縁が後腕部材の端部に衝接するまで約九〇度以上回動し、前腕部材を左方向に回動させたときには、前腕部材の側縁が後腕部材の側縁に衝接するまで約一八〇度近くまで回動し得るもの、つまり左右合わせて約二七〇度の角度範囲内で回動できる連結部の機構が採用されていることが認められる(第2図と第6図とが同一の実施例に係るものではないとしても、第6図についてみればこのような回動可能範囲のものと理解するのが相当である。)ところ、これらの回動腕式裁断装置においては、本願考案が課題としている点はすでに解決していることが明らかである。すなわち、片側一八〇度の角度範囲内でのみ回動可能なものに比して、前記の回動腕式裁断装置は前後両腕部材の回動可能な範囲が大きいので設置スペース、作業スペースが狭い場合でも折曲部が裁断テーブルからはみ出さないように使用することができ、かつ裁断機を円滑に移動することができることは見やすいところである。そのような観点からしても、前後両腕部材の回動可能な範囲を広くすることによつて裁断装置の設置スペース、作業性等の面での改善を図ろうとすることは当業者が普通に考慮している事柄であることが窺えるから、格別の技術的課題とはいい得ない。
(三) 右のとおり、前腕部材が後腕部材の軸線の延長線の片側約一八〇度の角度範囲内でしか回動し得ないものであつた「従来の裁断装置」の改良として、前後両腕部材が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能なようにすることによつて設置場所や作業性の面で使い易くすることは、本願考案が改良の対象とした「従来の裁断装置」における連結部の機構から当業者が容易に認識できる程度のことであり、この点の改良のために各種の機械機器の分野において広く用いられる一般的な機構であるところの「連結される前後両腕部材を上下に重ね合わせる」構成を応用することも当業者が極めて容易に想到し得ることというべきである。本願考案の効果の点をみても、本願明細書の記載全体を検討しても、「従来の裁断装置」に前記周知の技術的事項を適用したものから予測され得る程度を越える効果を奏するものとは認められない。したがつて、本願考案について、本出願前に公然知られていた「従来の裁断装置」及び前記周知技術に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとした審決の判断(審決をこのように理解すべきものであることは当事者間に争いがない。)は正当であつて、審決には何ら誤りはない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却することとする。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
テーブルの側辺から立設された支柱(4)、後端が該支柱(4)の上部に支承されており、前記テーブルの表面に平行する面内で回動可能な後腕部材(5)、縦軸(9)を介して後端が該後腕部材(5)の先端に支承され前記テーブルの表面に平行する面内で回動可能な前腕部材(11)、および前記前腕部材(11)の先端に回動可能に垂設された裁断機(12)からなる裁断装置において、前記後腕部材(5)の先端および前腕部材(11)の後端が実質的に三六〇度の角度範囲内で相対回動可能に上下に重ね合されていることを特徴とする裁断装置(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
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(他は省略)